畳社長へ一歩ずつ。

畳社長 人生

「畳屋ラッパーです。」

そう名乗り続けて約10年。

おかげさまでテレビや新聞、ラジオ、イベントなど、多くの場所で紹介していただけるようになりました。

畳を作り、ラップもする。

そんな少し変わった活動を続けてきたことで、たくさんの出会いと経験をいただきました。

本当に感謝しています。

しかし最近、あることを考えるようになりました。

それは、

「徳田さんってラッパーなんですか?畳屋さんなんですか?」

という質問です。

もちろん、どちらも自分です。

畳職人であり、ラッパーでもある。

そのどちらも間違いではありません。

でも35歳になった今、自分の中で少しずつ変化が生まれています。

僕が本当にやりたいことは何だろう。

ラップをすることだろうか。

アートを作ることだろうか。

SNSで発信することだろうか。

考え続けた結果、一つの答えにたどり着きました。

それは、

「畳文化を未来へ繋ぎ残すこと」

です。

僕は1905年創業の株式会社徳田畳襖店の四代目後継者です。

120年以上続く家業があります。

祖父がいて、父がいて、その前の世代がいて、今があります。

その歴史を受け継ぎながら、自分の代で終わらせるのではなく、次の世代へ繋いでいく。

そして残す。

それが今の自分の使命だと思っています。

だから最近、「畳社長」という言葉が頭に浮かぶようになりました。

社長という肩書きが欲しいわけではありません。

偉くなりたいわけでもありません。

僕が考える畳社長とは、

畳文化を守る人。

地域を面白くする人。

人と人を繋ぐ人。

新しい挑戦をする人。

そんな存在です。

畳を売るだけではなく、

朝倉の魅力を伝えたり、

イベントを企画したり、

アーティストとして表現したり、

若い人に畳の良さを伝えたり。

そのすべてが、畳文化を未来へ繋ぐための活動だと思っています。

振り返れば、畳屋ラッパーという活動もそのためでした。

ラップがやりたかったというより、

畳業界を盛り上げたかった。

若い人に畳を知ってほしかった。

そのために必要だったのがラップでした。

だから僕はこれからもラップを続けると思います。

アートも続けると思います。

SNSも発信し続けると思います。

でも、それらは目的ではなく手段です。

目的は一つ。

畳文化を未来へ残すこと。

そのために、もっと挑戦していきたいと思います。

畳の上で育ち、

畳の上で悩み、

畳の上で夢を見てきました。

だからこれからも、

畳の上から世界を見ていこうと思います。

畳屋ラッパーから、畳社長へ。

その挑戦の前に、今の気持ちを書き残しておきます。

そしていつか振り返った時、

「あの日が始まりだったな」

と思えるような一歩にしたいと思います。

もちろん、畳屋ラッパーとしても、

活動を続けますよ。

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